白昼夢





 目に光の無い信号機が僕を見下ろしていた。三つ目も二つ目も、その瞳に光を灯していない。プログラムされたルーチンワークを忠実にこなし続け、車や人の事故を防いでくれている彼らは、何を思ってか小休止していた。
 しかし、恐れることは無い。なんせ今は車も人もいないのだ。彼らだって退屈なルーチンワークに疲れたのだろう。たまには休ませてやればいい。

 空が何処までも青い。そびえるビルとアパートとマンションに切り取られて四角くなっている空は、駅の向こうまで綺麗に透き通っている。心なしか、空気も透き通って綺麗な気がする。
 いや、事実今ここの空気は綺麗なのだ。

 足音のパーンパーンと乾いた音が、ビルに跳ね返ってまた耳に入る。竈の火の消えたマンションに跳ね返ってまた耳に入る。年中無休をうたっているのに閉店しているコンビニに跳ね返ってまた耳にはいる。

 舗装されて、よく整備されている車道の真ん中の長い長い白線を踏みながら、僕はゆっくりと歩いている。白線からはみ出ないように遊びながら歩いている。道のど真ん中を、威風堂々と。
 僕の行進を、街灯の衛兵や、街路樹の平民たちが、面を下げて出迎える。まるで僕はこの町の国王になったように、風をまとってのしのし歩く。
 気分がいいと吹いた口笛は、裏路地の壁に跳ね返って、また僕の耳に戻ってくる。

 人も車もいない、真昼の大都心。
 それがこれほどまでに僕の心を魅了している。
 死んだ町。死んだ店。死んだビル。死んだマンション。死んだ信号機。
 僕は死体嗜好家(ネクロフィリア)じゃないが、この異常なる状態にある、本来命あってしかるべきものが死んでいるところを見ると、動悸が早くなり、瞳孔が開く。
 そして、今が昼であるというのがさらに素晴らしい。
 昼は人が列を成し歩く時間。死んだものたちがこのように列挙する時間ではないのだ。その事実が、また僕の心を激しく揺さぶる。

 停止した町。死んだ町。文明の跡地。
 この世から人間が一瞬にして消え去ったようなこの感覚。

 そしてその町の上を我が物顔で歩く自分。
 ああ、なんて素晴らしい。
 なんて素晴らしくて、虚しくて、楽しくて、淋しいのだろう!!!


 と、天に向かって大きく手を広げたところで、僕は目が覚めた。

 夕方のワイドショーが、不発弾処理成功を喜ぶコメントをしていた。